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勉強の記録

民主主義についてのメモ

この半年くらい、必要にせまられて片手間に民主主義についての本を集めてきたが、さっぱり見通しが悪い。ソクラテスのころから論争の蓄積があるのだから見通しが悪くて当然だ(民主主義にあまり関心がないのも理解が深まらない一因)。ほとんど一般書しか手に取れていないし、ちゃんと読めていない本も多いのだが、ひとまず整理しておきたい。

1.現代的な議論

現代的な議論はそれぞれ魅力的だが、いろいろあるので、ここに足をとられていると先へ進めない。全体像を知るためには、この本が役に立つ。中公新書のホームページに掲載されている著者のインタビューは、この本の背景をわかりやすく伝えている。


いろいろある現代的な議論のうち、ダールの「ポリアーキー」はどのような文献でもほぼ必ず言及されるので、おさえておいたほうがよさそうだ。アメリカの政治学者ロバート・ダールは、民主主義の政治体制を定義するために「ポリアーキー(多元支配)」という概念を提唱した。デモクラシーという言葉が、理念を指す場合と制度を指す場合との混同を避けるためである。ダールによれば、政治体制の類型は「自由化(opposition)」と「包括性(participation)」のふたつの指標によって測ることができるらしい。そして、その二つが満たされている政治体制、すなわち「公的異議申し立て」(複数の集団による政治競争)と「参加」(有権者による平等な政治参加)が存在しているような政治体制が「ポリアーキー」である、とのこと*1

ダールと並んで紹介されることが多いのは、シュンペーターだ。政治参加の側面を強調するダールとは反対に、シュンペーターは政治エリートの競争を重視している。というか、そもそもダールらの議論は、シュンペーターの議論に触発されたもののようだ。ほかにも、ハーバーマス的な熟議民主主義とか、ムフの闘技民主主義など百花繚乱で、素人には足を踏み入れにくい雰囲気だ。ちゃんと原典にあたれていないが、シュンペーターとダールくらいはそのうち読んでおきたい。


また、以下のふたつの論集からは、現代の民主主義をめぐるトピックの幅の広さがよくわかる。それから、宇野(2013)は、プラグマティズムの観点からの民主主義論である。


2.基本的な論点

以上のように現代の民主主義についてはさまざまな議論がなされているものの、現実の政治制度として現代で採用されているのは代議制民主主義である。そのような理念と制度のあいだの関係を扱った新書として以下の二つがある。

杉田(2001)は、①制度と理念どちらが重要か、②二大政党制がもたらす安定性と視野狭窄のどちらのほうが重要か、③デモクラシーは国民という単位を前提に運用されるべきか、④代表と参加のどちらが重要か、といった論点について対話形式で議論が展開される。宇野(2020)は、①多数派の決定か少数意見の尊重か、②選挙か参加か、③制度か理念か、という論点を冒頭で掲げ、歴史的な議論を通して答えを与えている。


また、以下の二つは、政治学の入門的な教科書であり、どちらも現在の代議制民主主義の政治制度を理解することが叙述の中心になっている。


3.歴史的・思想史的な理解

前掲の宇野(2020)が、デモクラシーの歴史的な流れを理解するうえでは全体的な見取り図を与えている。また、佐々木(2007)も同様。とにかく重要なのは、中学校の教科書でも直接民主制と間接民主制が区別されるように、古代に起源をもつ民主制と、それとは異質な代議制という仕組みとが結合したのが現代の民主主義だ、という点。古代の民主制の様子を知るには、橋場(2016)(2022)を読むとよい。


さらに、古代の民主制から近代の民主制への転換について言及されることの多い思想家として、コンスタン、ミル、トクヴィルが挙げられる。 コンスタンは、「古代人の自由と近代人の自由」が、バーリンの「二つの自由」の先駆として有名だ。公的な決定に参加する自由が古代人の自由であり、私的な活動にふける自由が近代人の自由である。近代社会においては、前者を実現させることは困難であるが、後者を享受するためには、統治権力を適切に制御するために選挙による政治参加が必要、というのがコンスタンの議論らしい*2

ミルは、『自由論』における多数支配への警告や、『代議制統治論』における複数投票制の提案が有名。同様の問題意識に立つ著作として紹介されやすいのが、トクヴィルアメリカのデモクラシー』がある。ただ、「諸条件の平等」というフレーズに象徴されるように、トクヴィルはデモクラシーをたんなる政治制度としてではなくて、社会的な条件として理解している。この点を解説する宇野(2019)は、トクヴィルだけではなく、現代の民主制を理解するための視点が得られる。

コンスタンとミルは、最近、新しい訳が出てありがたい。ミルはいちおう読んでいるが、コンスタンやトクヴィルもそのうちきちんと読むべきだ。


また、権左(2020)は民主主義とナショナリズムが結びつく過程を描いた思想史、福田・谷口(2002)は概念史的な論文集のようだ(どちらも未読)。


4.制度的・数理的な理解

現代の代議制民主主義の制度的特徴を把握するための著作として、以下がある。また、ピトキン(2017)は、代表論に関する古典的な研究である。

  • 待鳥聡史(2015)『代議制民主主義——「民意」と「政治家」を問い直す』中公新書
  • 空井護(2020)『デモクラシーの整理法』岩波新書
  • ピトキン、ハンナ(2017)『代表の概念』早川誠訳、名古屋大学出版会

それから、選挙制度については以下が手に取りやすい。現行の国政選挙の比例代表制で用いられているドント式の意味については、西平(2001)がわかりやすかった。

  • 西平重喜(2001)「比例代表制の計算方法とその意味」、『選挙研究』16巻、pp. 114-124
  • 加藤秀治郎(2003)『日本の選挙——何を変えれば政治が変わるのか』中公新書
  • 砂原庸介(2015)『民主主義の条件』東洋経済新報社
  • 大山達雄編(2022)『選挙・投票・公共選択の数理』日本応用数理学会監修、共立出版

さらに、社会的選択論の入門書としては以下のふたつが有名。いちおう経済学部出身のわたしとしては、馴染みやすい議論なのだが、べつに得意分野というわけでもなく…。特に、佐伯(2018)は正義論なんかも出てくるので、そのうちきちんと読みたいところだ。


こうして整理してみたところで、「わかった」という気には程遠い。きちんと読めていない本も多い。とにかく、現代の議論を理解するにも、歴史的な背景を理解するにも、民主主義にはさまざまな面があり、どの側面に注目するかによって方向性がぜんぜん変わる、ということだけがわかった。また、さいきん邦訳された以下の二冊も面白そうである。民主主義は本業とはあまり関係の薄いトピックだが、時間を見つけて勉強していきたい。

  • ミュラー、ヤン=ヴェルナー(2022)『民主主義のルールと精神——それはいかにして生き返るのか』山岡由美訳、みすず書房
  • グレーバー、デヴィッド(2020)『民主主義の非西洋起源について——「あいだ」の空間の民主主義』片岡大右訳、以文社

*1:川出・谷口編 2022, pp. 22-23, 37-38 ; 待鳥・山岡編著 2022, 30-31

*2:待鳥・山岡編著 2022, 114-115